こんにちは、ふるやなです。
最近、長男が幼稚園で覚えてきたようで、
♪♪みなみのーしまの大王は~♪はめはめはめはめはー♪♪
え、いろいろ違うけど、カメハメハじゃないの??
もくじ
あれ?歌詞はハメハメハ大王?カメハメハ大王?
Google検索したら、ハメハメハ大王としか出てこない。
えー
記憶ではどうしてもカメハメハな気がする。
カメハメハで習った気がする。
ドラゴンボールで上書きされた?いやいやいや。
昔からハメハメハだった?
納得できずに調べてみました。
それでもやっぱり作曲当時からハメハメハ
この曲の正式名称は「南の島のハメハメハ大王」。
旧題では「ハメハメハ大王」。
1976年にNHK『みんなのうた』に採用されました。
というわけで、作曲当時からハメハメハ大王が正解でした!
やっぱりかめはめ波のイメージで上書きされてしまったようです。
カメハメハ大王はハワイの実在の王様。
作曲者の伊藤アキラさんがカメハメハ、という響きを気に入って、ちょっともじってハメハメハ大王と名付けたらしいです。
ハメハメハ大王はカメハメハ大王の友達、という裏設定があるそうです。
南の島のハメハメハ大王の歌詞は結構ヒドイ
JASRACとかかわりたくないので、歌詞が気になる方は「南の島のハメハメハ大王 歌詞」で検索してください。いっぱい出てきます。
1番はロマンティックで素敵だけど、2番以降はどう聞いてもディスってるようにしか聞こえない・・・
奥さんは基本的に寝てるし、子供は学校嫌いだし、名前つける意味ない社会に聞こえるし。
これは実名でカメハメハ大王にしたら国際問題になりかねないですね。
歌詞がうろ覚えだったダンナは
「雨が降っても風が吹いてもお休みなんだぜーうらやましすぎるだろ。だから発展しないんだけど。」
とか申しておりました。社会制度的に雨が降ったり風が吹いたら休みだと思ってたんですね。偏見にもほどがある。
この歌、「南の島」への偏見イメージを強めちゃったのではないでしょうか。
南の島の人たち、こんなんじゃないよ!
カメハメハ大王ってどんな人?
カメハメハ大王はハワイを作った王様です。
1810年に初めてハワイ諸島を統一。初代国王になりました。ほんとに偉大。
Wikipediaによれば、カメハメハは、ハワイの言葉でカ・メハメハ、孤独な人、静かな人の意味。
なんだか「南の島のハメハメハ大王」のイメージとは違いすぎますね。
古い文献ではハメハメハと書かれているものもあるとのこと。
カメハメハ大王像の実際のモデルは別人
切り絵を作ったときには「カメハメハ大王」だと思い込んでいたので「カメハメハ大王」と検索して出てきたカメハメハ大王像の写真を参考にしました。ハワイ島にも3体あり、ミニチュア増はおみやげ用としても人気があるそうで、以前にも見たことがあったんです。
でもこの像、ただのイケメンをモデルにしたものなんだとか!
像を立てた当時の王様、第7代ハワイ国王デイヴィッド・カラカウアが「宮廷の中から選んだ、特に見た目が美しい男性」をモデルにして作らせたんだそうです。
今やあんなに有名なのに。
まとめ
南の島の大王の歌の正式名称は、昔から南の島のハメハメハ大王でした。
カメハメハ大王は、ハワイを統一した実在の人物。
カメハメハ大王の名前にインスパイアされて生まれたのがハメハメハ大王の歌です。
全然関係ないですが、私が幼稚園の頃、友達から「ハワイで泳いだ」と聞いてハワイって名前のプールがあるんだと思い込んでいました。
子どもってとんでもない勘違いしますね。
お子様には遠い南の国のおはなしなんだよ、と教えてあげてください。
みなみって何?くにって何?しまって何?と聞かれたら地球儀をだしてあげましょう。
歌詞は3番以降もあり、カメハメハ大王は偉大だけれど、ハメハメハ大王は程々であることも謳われています。
みんなのうたに登場した当時は、学習塾やお稽古事の低年齢化…5,6歳で週5日英語・ピアノ・そろばん・習字・水泳とか…で、教育競争に疲れたこどもや親が増えて来た頃だったので、ゴロの良さと合わせて流行りました。
歌詞はディスりじゃないと思いますよ。
誰でもハメハメハってことは
この星はみんな差別なく兄弟という意味だと思いますし、
女王ののんびり生活についても、
懸命に働くことだけが人間の一生ではなく、発展することだけが良いわけじゃない。
ただこの世に生まれてきただけで価値があるという深い意味を私なら感じます。
子育てなさってるのなら、表面的な技工に囚われず、この歌詞の良さに気付く目を養ってほしいものです。
私も作詞者はディスってるわけではなく、むしろ「南の島」を我々が生きる現実とは切り離された場所として捉え、ハメハメハというユーモラスでありながらも偉大さも感じさせる名前から、時間がゆっくりと流れみんながゆとりを持って暮らせる場所として描いたのではないかと思います。
とはいえ、「南の島=危険がない楽園」という偏見は含まれていると思います。日本だって大陸から見たら「島」な訳ですが、日本の中でだって他の場所と変わらず時間は流れていますよね。
特に、この歌が歌っているカメハメハ大王の時代は、アメリカ人入植者による支配に対してハワイ人が反乱を起こしていた時期でのんびり何もしない生活とは対極にあったため、そこのところを知っていると歌詞に対して違和感を感じてしまう人もいるのではないかと思います。
ただ、あくまでこれは「ハメハメハ」大王の歌であり、響きを借りているだけで史実とはなんら関係がないとも言えるとは思います。
「子育てなさってるのなら、表面的な技工に囚われず、この歌詞の良さに気付く目を養ってほしい」とありますが、子育てをしていることと、歌詞の表面的な意味に捉われず深く理解することの間の関連性がよくわかりません。もし詳しく説明していただけたらありがたいです。
コメントありがとうございます。
なるほど、みんな忙しくなってきた時代のアンチテーゼとして流行った側面もあるのですね。
初めて知った頃から、うらやましいなーとは思っていました。人生ってそれでいいはずなんだよなぁと。
皆がハメハメハ、ということは誰でも王様であって、皆の権利が平等ということでもありますよね。素敵だと思います。
ただ、現代の日本、特に都会の子どもはそのメンタルではやっていけない面もあって。
この曲のゆとりある精神性は素晴らしいと思いますが、あなたっていつも雨降っただけで休みますよね、とか、あなたの家族ってこの曲みたいですよねと言われたらもやもやしませんか?実際に知りもしないで何言ってるんだー!ってなりません?
と、言いたい文章でした。
今や南の島は日本より物価高いくらいですよ。
実際に熱帯雨林とかそいう地域に住む部族には
歴史も時間も概念が無かったりする
だから狩猟はしても農耕はない
そいうった部族の人間に道具を与えると道具を使うが
次の為にその道具を置いておく考えがなく用が終わると捨ててしまうらしい
眠たくなったら寝るし食べたくなったら食べる
そんな生活だ
一説には熱帯雨林の木々が生い茂る常に薄暗い中で生活していると
空を見なくなり、そうなると太陽の動きなど時間の軸となる物がなく
昼も夜も関係なくなり時間の概念が消失するという話だ
そして日本人には南の島=楽園=怠惰な生活でも生きていける
となり今で考えると差別的な歌詞になっている
作られたのが1976年なのでメッセージ性は殆どない
働きすぎで過労死とかも関係ない頃だし
偏差値教育とかが始まって間もない頃なので
詰め込み教育がとかが問題になる前の話で
学生運動など左翼の政治闘争が一旦落ち着き社会が豊かになってきた時代だ
そいう落ち付いた中で生まれた歌詞だ
私の記憶はカメハメハです。マンデラエフェクトと言って沢山の人々の記憶が異なる現象です。タッチの歌詞やドラえもんの歌詞など、他にも沢山事例がありますので、調べてみてください。
↓このサイトに沢山書いてあります。
https://ameblo.jp/rooknomori/entry-12795524973.html