こんにちは。踏切好きの子供に悩まされている、ふるやなです。

踏切の音、といえば「カンカンカン」ですよね。

でも踏切好きのウチの長男(4歳)によれば

「踏切の音はたくさんある!」

どんなふうに聞こえるのか聞いてみたところ、意外と面白い表現方法をしてくれました。

  • れん れん れん
  • ちょきん ちょきん ちょきん
  • とうぃん とうぃん とうぃん
  • ちょ ちょ ちょ
  • ふぁん ふぁん ふぁん
  • こえん こえん こえん
  • でぃん でぃん でぃん
  • ろん ろん ろん

そのほかにもたくさん。

確かに、言われてみればそう聞こえてくるので不思議です(笑)

よく聴いてみると、確かにいろんなタイプの音があるんですよね。

踏切の音はなぜ異なるの?

何故?のイメージ画像

踏切の音が異なる理由その1:音を鳴らす方式が異なるから

踏切の音は、音の出し方によって大きく3つにわけられます。

  1. 電気式
  2. 電鐘式
  3. 電鈴式

それぞれ詳しくみていきましょう。

電気式

もっとも一般的な、踏切の上の方に設置されたスピーカーから電子音を鳴らすタイプです。

電子音なので、音の方向性も音量調節も自在にできます。

最近では、遮断棒がおりると音が小さくなる踏切がありますよね。

あれは遮断棒がおりるまでは注意喚起のために音を大きく、遮断棒が下りてからは騒音苦情に配慮して、踏切の近くにいる歩行者に聞こえる程度に音を小さくしているんだそうです。

私なんかだと、音が小さくなると逆に気になっちゃうんですけどね。

遮断棒がおりるまで、ではなく列車が近づくまでは音が大きいタイプもあります。

電鐘式

電鐘(でんしょう)とは、警報機のいちばん上に設置された鐘(かね)を、電気を使って物理的にカランカラン鳴らすもの。鐘の下に、円筒形の鐘を内側から叩いて鳴らす機械がついているので、遠目で見るとペットボトルのような形をしています。

鐘を鳴らす機械には同期装置がついていて、音と点滅が同期します。

この踏切はアルピコ交通上高地線(旧松本電鉄)のもので、鐘の更に上に傘がついています。残念ながら、現在はもうなくなっているそうです。

電鈴式

ゴング式ともいいます。

電鐘式より小さな、丸い形の鐘を鳴らします。

小さいので音も高く、チンチンという感じ。

電鐘式と電鈴式は物理的に鐘を鳴らす、という意味では同じなので、まとめて打鐘式ともいいます。

古くからある、地方のローカル私鉄や専用鉄道などで見られます。

ただやっぱり、電子音タイプに代わりつつあるのだとか。

東急では、昔使われていた打鐘式の音を電子音で再現しているそうです。

JRではもう存在しません。

追記:江ノ電にはまだ電鈴式があるそうです!リンク貼っておきます。

踏切の音が異なる理由その2:メーカーが違うから

踏切を作っているメーカーは実は何社かあるんです。

それぞれメーカーによっても音は異なります。

鉄道会社の注文によって変えたりもするそうです。

踏切の音が異なる理由その3:周囲の環境

踏切の音は、まわりの環境に合わせても変えられています。

静かな住宅街とにぎやかな駅前では必要な音量も異なりますよね。

電子音なら調節自在です。

踏切の音の表現方法は地域によって違う

私のイメージ(大阪)だと踏切の音は「カンカンカン」です。

もう一つの主流は「チンチンチン」。

福井県では「ジャンジャンジャン」。

福井鉄道やえちぜん鉄道の踏切のそばには

「警報機がジャンジャン鳴っている時は危険です。渡らないで下さい。」という看板が立っているそうです。

現在の踏切は電気式が主流になっている

現在、ほとんどの踏切が電子式に変わってきています。

電鐘式と電鈴式は消耗部品が多く、製造や整備にに手間がかかるというのが大きな理由です。機械的に動くものなので、定期的に油を差す必要があったりしますので。

また、騒音問題に対しても、音の大きさや角度をコントロールできる電気式が対応しやすいのです。

まとめ

踏切の音は、よく聞くとたくさん種類があります。
理由はいくつかあります。

  • 音を鳴らす方式が異なるから
  • メーカーが違うから
  • 周囲の環境にあわせて

踏切はそれぞれ音が違い、音の波形を分析するとどこの踏切にいるかわかる、という噂もあります。刑事ドラマでありそうですね。

子供につきあって、さんざん実物や動画で聴かされて、なんとなく、踏切の音って結構違うんだなーとは思っていました。

調べてみると奥が深くて面白い。

私としては、今回記事を書く前に、子供に「踏切ってどんなふうに聴こえてるの?」と聞いてみたのが一番の収穫でした。

詩的な表現をしてくれたことも。

子供がカンカンカンの中に深い世界を感じていたのを知れたことも。